東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)270号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決取消事由の存否について判断する。
1 原本の存在とその成立に争いのない甲第二号証の一(本件願書写)によると、本願発明は、円盤レコード又はテープのような動くデータキヤリヤに記録されている情報の光学的読取りの分野に関するものであり、更に詳しくは、データキヤリヤ上に読取光ビームを集束させる装置に関するものであること(本願明細書第二頁第二行ないし第六行)が認められる。
2 原告は、「(先願明細書及び図面には、)十字形スリツトの縦、横のスリツトにそれぞれ相当する形状の光検出器を直接設けることが、実質上記載されているものと認められる。」とした審決の認定は誤りであると主張するので、この点について判断する。
(1) 前記当事者間に争いのない本願発明の要旨によると、本願発明において、「前記形(光ビームの形)の歪みを検出する光検出電池の一組」は、「前記直交する方向の二つの二等分線によつて限られた四つの領域を占める」ものである。すなわち、この「光検出電池の一組」は、非点収差光学装置によつて引き起こされた光点の歪みが直交する方向に対して、その四五度の角度で交差する二つの線分によつて区切られている四つの光検出器から成るものと理解できる。このような理解に基づく構成とすれば、本願発明における四つの光検出器は、光点において相互に隣接する形状のものと理解できるものである。
(2) 次に、先願明細書及び図面に審決が認定しているとおり、「面を有するデイスク10上に読取光ビームを集束させる装置において、光ビームを前記面に集束させる対物レンズ9と、前記面から反射された前記光ビームのうちの少なくとも一部を観測面へ向けて案内するビームスプリツタ8と、前記の反射された光ビームが二つの直交する方向に沿つて歪んだ形の光点を前記観測面に与えるように前記光ビームの一つの光路に配置された円柱面レンズ16とを備え、前記観測面には、直交する方向の十字形スリツト17の背後に、縦方向の光の強度と横方向の光の強度とを比較し得るように光検出器13を設置し、この光検出器の出力からデイスク面がどちらに動いたかを検知した電気的出力を得るようにした、動いているデイスク面の位置検出装置。」が記載されていることについては当事者間に争いがない。
このうち、「直交する方向の十字形スリツトの背後に、縦方向の光の強度と横方向の光の強度とを比較し得るように光検出器を設置した」という構成は、審決認定のように、十字形スリツトの縦方向に入射する光と、同じく十字形スリツトの横方向のスリツトに入射する光とを、それぞれ独立に検出するように光検出器を設置することを前提としているものということができる。
しかしながら、中心に配置された信号検出用光学フアイバーの上下、左右に配置された光点の歪みを検出するための四本の光学フアイバーを具備する先願図面第8図に示される配置図に関して、先願の公報第三頁右欄第二行ないし第四行の記載があることを根拠として、十字形スリツトの縦、横のスリツトにそれぞれ相当する形状の光検出器を直接設けることが、先願明細書及び図面に実質上記載されているとした審決の認定は、以下の理由により誤りであるというべきである。
すなわち、成立に争いのない甲第三号証(先願の公報)によると、先願の公報第三頁右欄第二行ないし第四行には、審決が認定しているように、「フアイバーを用いなくても第8図のフアイバーの受光面の位置に小さい光検出器を直接置いてもさしつかえない。」との記載があることが認められるが、この記載は、光点の歪みを検出するための信号読出用フアイバーを用いることなく、フアイバーの受光面の位置に直接検出器を置くことによつて光点の歪みを検出するようにしても問題がないことを説明しているだけであつて、フアイバーの受光面の位置に直接置かれた小さな光検出器を用いることによつて、フアイバーを用いなくても済むということを述べているにすぎないことが、右記載から明らかである。
さらに右甲第三号証によると、先願明細書及び図面では、フアイバーの受光面の形状及び光検出器について何ら言及するところがないが、ただその第8図において、断面形状が円形の五本のフアイバーを、そのうちの信号検出用光学フアイバーを中心にして十字形に配置しているものが示されていることが認められる。
そうすると、先願明細書の前記記載は、五つの小さい光検出器をフアイバーと同じ形状にして、すなわち、円形の五つの光検出器を、そのうちの信号検出用光検出器を中心にして十字形に配置することを示しているにすぎないものと認めることができる。
そして、右甲第三号証によると、先願明細書及び図面には、光検出器の形状について円形以外のものを示す記載がないこと、及び、光検出器を十字形スリツトの縦、横のスリツトにそれぞれ相当する形状とすることを示唆している記載がほかに存しないことが認められる。
なお、右甲第三号証によると、被告主張のとおり、先願の公報第三頁右欄第四行ないし第六行に「またICのマスクの技術を用いて上記と同じ配置の受光面をもつ一つの受光素子をつくつて設置することも可能である」と記載されていることが認められる。しかし、この記載はあくまでも受光面すなわち光検出器の配置を問題として、前記の形状に配置された、すなわち、信号検出用検出器を中心にして全部で五つの光検出器を十字形に配置した、一体に形成された受光素子を、ICのマスク技術を用いて作成することもできることを示しているものと理解するのが自然である。光検出器をICマスク技術で形成する場合、被告が主張するように、受光面の形状を自由に選択できるとしても、このことは、光検出器の形状を任意に選択し得ることを意味するだけで、このことをもつて先願明細書及び図面が、光検出器を十字形スリツトの縦、横のスリツトにそれぞれ相当する形状とすることを示唆しているものと認めることはできない。
(3) したがつて、「(先願明細書及び図面には)十字形スリツトの縦、横のスリツトにそれぞれ相当する形状の光検出器を直接設けることが、実質上記載されているものと認められる。」とした審決の認定は誤りであるというべきである。
3 原告は次に、本願発明の「領域を占める」と先願明細書及び図面記載の発明の「領域に配置」とは表現上の違いにすぎないとした審決の認定は誤りであると主張するので、この点について判断する。
(1) 本願発明の光検出器が、非点収差光学装置によつて引き起こされた光点の歪みが直交する方向に対して、その四五度の角度で交差する二つの線分によつて区切られている四つの光検出器から成るものであり、この四つの光検出器は、交点で互いに隣接する形状のものと理解できることは、前記2(1)で判示したとおりである。そうすると、本願発明における「占める」とは、右の形状を採ることのできる状態をいうものと認めることができる。
また、先願明細書及び図面記載の発明の光検出器が、小さい円形の五つの光検出器を、そのうちの信号検出用検出器を中心にして十字形に配置するものであることは、前記2(2)で判示したとおりである。そうすると、先願明細書及び図面記載の発明における四つの光検出器は、交点に置かれた信号検出用光検出器と互いに隣接する形状のものと理解できるのであり、光検出器が前記四つの領域に「配置」されたものにすぎないというべきであつて、四つの領域を「占める」ものということはできないところである。
(2) そして、光ビームは中心付近の光束の分布が高く、周辺部に行くほど急速に密度が減少することについては光ビームに関して自明な事柄であり、また、信号対雑音比を改善すれば正確な制御が期待できることは制御に関して自明な事柄であるから、前掲甲第二号証の一にある本願明細書には明示されていないが、本願発明は光検出器が前記四つの領域を占めることによつて、先願明細書及び図面記載の発明に比較して次のような格別の作用効果を奏することが、自明な事柄として認められる。
<1> 本願発明の光検出器(光検出電池)は、四つの領域を占めることによつて、光の入射エネルギーの密度の高い交点付近の光の全入射エネルギーを利用できるので、この付近の光を焦点制御用に利用していない先願明細書及び図面記載の発明に比し、効率よく光検出ができること。
<2> <1>の結果、本願発明は光検出器の出力、すなわち、光の焦点制御信号出力が大きくなるので、先願明細書及び図面記載の発明に比して、信号対雑音比が改善され、光の焦点制御動作は正確なものとなること。
(3) したがつて、本願発明の「領域を占める」と先願明細書及び図面記載の発明の「領域に配置」とは表現上の違いにすぎないとした審決の認定は誤りである。
なお、審決は、「光の分布を検出するために、分割された領域を隙間なく占める光電池を用いることは周知である」として、「本願発明の「領域を占める」を右のように解したときの効果も、本件出願の図面FIG. 2に示されるように、光点が歪んだときの光束の分布が直交するその歪みの方向に伸びるものであつてみれば、その全面が利用されるものではなく、先願明細書及び図面記載の発明の光検出器に関する構成と格別の作用効果の違いを見いだすことができない。」と認定、判断している。
しかしながら、先願明細書及び図面において、光検出器が前記四つの領域を占めることについて示されていないことは、前記(1)で判示したとおりであり、またたとえ、光の分布を検出するために、分割された領域を隙間なく占める光電池が周知であつたとしても、前掲甲第三号証によると、先願明細書及び図面には、このような光電池の形状を採ることに関して何らの記載もないことが認められる。そして、本願発明は、光検出器の交点付近の光ビームを利用することによつて、先願明細書及び図面に記載の光検出器に比較して格別の作用効果を奏するものであること、前記(2)で判示したとおりであつて、この作用効果は、交点付近の光ビームの光束を利用するものであれば十分に達成することができるものであるから、本願発明における光検出器の全面が利用されるものではないことをもつて、本願発明と先願明細書及び図面記載の発明との間で、光検出器に関する構成に格別の作用効果の相違がないとした審決の右判断は誤りであるというべきである。
4 そうすると、右2及び3で判示したような誤つた認定、判断を前提として、相違点<2>に実質上の差異があるものとは認められないとした審決の認定、判断は誤りであり、ひいて審決は、本願発明と先願明細書及び図面記載の発明とが同一のものであると誤つて判断したものであるから、違法であつて取消しを免れない。
三 よつて、審決の取消しを求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容する。
〔編註その一〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
面を有するデータキヤリア上に読取光ビームを集束させる装置において、当該装置は光ビームを前記面に集束させる光学装置と、前記面から反射された前記光ビームのうちの少なくとも一部を観測面へ向けて案内する光学的案内装置と、前記の反射された光ビームが二つの直交する方向に沿つて歪んだ形の光点を前記観測面に与えるように前記光ビームの一つの光路に配置された非点収差光学装置とを備え、前記観測面には、前記形の歪みを検出する光検出電池の一組と、前記電池に接続されて制御信号を発生し前記光ビームの集束を制御する電気装置とを備え、前記光検出電池の一組は前記直交する方向の二つの二等分線によつて限られた四つの領域を占めることを特徴とする、動いているデータキヤリア上に読取光ビームを集束させる装置。(別紙図面(1)参照)
〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。
別紙図面(一)
<省略>
<省略>
(以下省略)